夢の中の大仏

小学生の頃、3,4年だったか、ある夢を見て飛び起きた。
どこか、とても色あざやかな世界で、美しい山があり、そこには瓦屋根の中華風の寺院のような建物が山の斜面にぽつぽつと建っていた。

いわば、中世の水墨画をみごとなカラー版にしたような景色。
その山のふもと、広く開けていて平坦になっているところには、巨大な観音像が立っていて、それは十から二十メートルはありそうなぐらい大きいのに木造だった。

なんだか奈良の古い広い寺院を思わせるような佇まいである。

ぼくは、その色あざやかな景色と大きな観音像を眺めていたのだが、人がいたかどうかは覚えていない。

急に場面が観音像が見えるところの右側の荒涼とした原っぱのような場所になり、田んぼのあぜ道ようなところの、1段下に、なにか暗い草むらのような、ヤブのようなところがあって、大きな犬などを入れるような鉄製の大きなオリがあるのがわかった。

暗くてよくわからないので目を凝らして見ると、その縦1メートル、横2メートル、幅1メートルぐらいのオリの中には、生き物が四つんばいに、ヒョウのような姿でいて、その姿は全身、まっ黒で、どんな生き物か判別ができなかった。

なんだか猛獣のようにグルグル唸っているような感じがした。

突如、その生き物は、おそろしい大声でほえだした。

ギャーとか、ガーとか、グオーとか、その声は、いったい、どんな猛獣ともつかない声でほえ出したのである。
その咆哮は、いつまでもやむことなく、激しく続き、ぼくの耳は、ぐわんぐわんと、激しく響き、たまらなくなった。

そこで、目が覚めたのだが、まるで空中高いところから後ろ向けに、自分の体の方向へ引っ張られ、落ちていくような感覚で、すとん、と体に吸収されたような感覚だった。

目が覚めた瞬間、この夢は幼い頃から何度も何度も見た夢であることを思い出した。

目覚めてからも耳はガンガンしていた。そして、あの生き物は何だったのか、いまもわからない。が、なんだか人間だったような気がしてならない。
まっ黒な姿をして、もう人間の言葉をしゃべれなくなった男・・・のような気がしてならない。

それ以来、その夢は二度と見なくなった。

その後、父の仕事の手伝いで京都・東山の方へ行ったとき、よく似た仏像を見つけて驚いた。
まさに、ガクゼン、とした。

その後、その場所へひとりで行ってみた。
そこは霊山観音というところで、木造ではなくコンクリート製の観音像だったが、大きさと姿形は夢とほぼ同じだった。

例の草むら、オリのあったらしき場所へ行ってみると、何か数十人の人たちが宴会のようなことをしていた。

それは、太平洋戦争に特攻隊で行った神風特別航空隊の生き残りの人たちが、その戦没者のために開いていた慰霊会であった。
そのうちのひとりに声をかけられて知った。

あの夢は、いったいなんだったのだろうか。

いま思えば、われ知らず、冥界へ足を踏み込んでいたのだと思われる。
あれほどのあざやかな色合いの世界を目にしたのは、後にも先にもその時だけだった。