ネコ鳥の恐怖

30歳ぐらいまでは以前の実家に住んでいた。小さな山の中腹ぐらいである。
その家は、ぼくが1歳のころに父が土地を買い、父が自力で家を建てた。

むかしはそういう人が多かった。みな、貧乏で、掘っ立て小屋に住んでいる同級生はいっぱいいた。昭和30年代後半である。

まったく、掘っ立て小屋そのものだったが、いま思えば、器用なものだ。柱はちゃんとしていたが、その他の材木は端材をどこかからもらってきて、継ぎ合わせて作っていた。
便所は自分で穴を掘った上に便器を置いていた。

でも、すこしずつ建て増しして大きくしていった。ぼくが小学6年か中学のころには無理矢理に2階を作ってぼくの部屋を増築してくれた。ただし、そこは本職の大工さんがやったのだが。

ちょうどその部屋ができて1年ぐらいあとだったと思う。

冬ではなかった。
夜、部屋で布団で寝ていて、何か、となりの平屋の屋根の上、つまり部屋の窓からすぐ外側に、気配というか、異常を感じて目を覚ました。
その家にはちょっとあまり生活態度のよろしくない家族が借家として住んでいた。

窓はぼくの枕もとの右側で、外のすぐ下にとなりの瓦屋根がほぼくっついている。
夜中の2時か3時ごろだった。

突然、大音響で「ぎゃー、ぎゃー」と、猛獣のような叫び声といおうか、ほえる声といおうか、おそろしい咆哮が響き渡った。
その音量たるや、カミナリのように地響きがするほどだった。

あまりの恐怖にぼくの体は石のように固まってしまって、まったく動かすことができなくなった。
あれほどの恐怖は後にも先にも1回きりである。たぶん、いまなら心臓が止まって死んでしまうだろうと思う。
とにかく、耳があまりの音量にグワングワンとなり、おかしくなったほどだった。

ぼくの体はカチンカチンに固まったまま、2時間ぐらいはたっただろうか、なぜ下の階で寝ている父が上がってこないのかもどかしかった。

そのうち、少し体が動かせるようになったのだが、布団からは出られなかった。なぜなら、その叫び声を上げた生き物(たぶんライオンのようなバカでかい猛獣)が、その屋根からどこかへ行った音がしなかったから。
きっとそのまま動かずにいるに違いない。どのように動くのか、また叫び声を上げるのか、予想ができなかった。

そのうち周囲がだんだん明るくなり、何時間たったか、5時ごろだったか、もはや屋根の上に気配がしないので、おそるおそる、そっと窓からのぞいてみた。

何ものもいなかった。
ぼくはいついなくなったのか不思議に思いながらも、そのまま眠ることはできずにいた。

早朝、下に降りて行って、父に、
「きのうの夜の大声はすごかったな、あれ何や?」
みたいなことを言ったのだが、父はまったく知らないという。
父はいったん寝るとなかなか起きないのだが、それにしてもあの大音量である。近所の人もみんな目を覚ましたはずだ。

が、家族のだれもが何も聞いていなかった。

キツネにつままれた、とは、こういったときに使うのだろう。まったく理解不能である。
相手にしてくれない父に何度も問うと、

「そりゃ、ネコドリやぞ」という。
「なんや、それ?」

説明によると、故郷の熊本にはネコ鳥という鳥がいて、大きな声でギャーギャー鳴くという。
しかし、とても普通の鳥とは思えないので、しつこく聞くと、すごい大声なのだという。

納得できないまま、そこはあきらめるしかなかった。ただ、またあの怪鳥(?)が来たらどうしようと思って、1年ぐらいは寝つきが悪かった。

しかし、あの怪物はいまだ、二度とあらわれていない。いったいなんだったのだろうか。

ところで、そのぼくが使っていた部屋は、姉の長男つまりぼくの甥が使うことになったと、あるとき聞いた。あの家は姉夫婦にゆずったので改築したのだ。

そしてある日、姉がウチに訪ねてきた。何やら母と話し込んでいた。
たまたまぼくの奥さんがその話を通りすがりに聞いた。

「おかあちゃん、○○ちゃん(ぼくのこと)が、あの部屋のどの位置に勉強机を置いていたか覚えてへんか?」
と、しつこく聞いていたとか。さらに、

「××(甥の名前)の勉強机を置く、参考にしたいねん」
と言っていたと。

ここまで聞いて、ぼくも、奥さんも、おそらく母も、この意味を理解した。
つまり、こういうことである。

「○○ちゃんと同じ位置に勉強机を置くことは不吉である。○○ちゃんと同じようなアホに育ってしまっては、やっかいである。ここは縁起をかついで、違う位置に置かねばなるまい」

こういう意味であることを、二人は(おそらく母も)瞬時に理解したのであった。

ちなみに、ぼくは机に向かって勉強した記憶が全くない。