天狗小僧寅吉のこと

この記事を書くにあたって、ちょっとインターネットで検索してみた。

びっくりした。

いつだったか、かなり以前、10年以上も前であろうか、この天狗小僧寅吉について検索しても、一般の記事は何も出てこないで、ただ、どこかのアーカイブなのか、仙境異聞の文章がずらずらと表示されただけだった。
しかし、いまは・・・

一般のネット記事は言うに及ばず、さまざまな本まで出版されているではないか。
Twitterによる、ちょっとしたブームが原因だそうだ。

ぼくは物心ついた頃から不思議なことが好きで、そういった奇怪な本(?)をいくつか持っている。
そのうちの一冊が、「幽冥界研究資料第一巻」で、昭和14年刊、友清歓真という人がまとめた本である。定価1円70銭。書かれたのは大正12年というから、いまから百年ほど前になる。

このなかに、嘉津間問答問、1~4巻と付録1巻が収められている。このカズマが寅吉のことで、内容は仙境異聞とほぼ同じ。かっこして(仙童寅吉物語)とある。
ほかにもいろいろあるが、幸安仙界物語の1~3巻も収められている。これまたもっと奇妙な霊界の話だが、こちらはまたの機会に。

なかなかに興味深い本で、何度も読んだ記憶がある。旧仮名遣いなので、慣れないと読みづらいと思うが、ぼくは谷崎潤一郎全集を旧仮名遣いで読んだことがあるので、平気だった。

とにかく、へたな異世界物のマンガよりも面白い。奇妙奇天烈である。宇宙まで飛んでいっちゃうんですから。

それにしても、呪術である「犬神の呪法」がくわしく描かれていたり、逆に神仙の喜ぶ「七生舞」の方法が書かれていたりする。

そして、寅吉は、冥界には極楽地獄はないと断言している。ただ、妖魔の集団があって、良からぬ者どもはその集団に取り込まれ、苦しむという。
その取り込まれる人々というのは、

「すべて学問というものは、魔道に引き込まれることで、まずはよくないことである。そのわけは、学問するほどよいことはないが、真の道理をきわめるほど学ぶ人はなく、たいていは生学問をして物知りなことを自慢し、無知な人を見下し、神はいない、天狗はいない、霊的なことはないなどと言って、我を張って高慢になる。これみな学問の高慢であって、心狭いことである。ついには魔物に引き込まれて責めさいなまれることになる」

また、
「顔の美しい人、諸芸の達人、お金持ちなども、慢心、驕り高ぶる心があって、魔道に入る。とくに金持ちは欲が深く、金を集めて世のために使わないため、貧乏人が多くなる。これは神が憎むことである。・・・人のものを集めて鬼となる。やがては魔道に入る」
と、いうことらしいですぞ。

これを読んでみて思うことだが―――
確かに、日本という国土には、特殊な霊界事情というものがあるらしいことが、よくわかる。

しかし、だからといって、神の心、真理というものは決して揺るがないことだけは心に留めておくべきことである。

寅吉のいう、山人界(さんじんかい。天狗や神々のいる世界。日本の山にあるという霊界)はおそらく東洋の霊界の一部であろうことはわかる。
しかし、この山人界では、やたらに仏教を敵視しており、僧侶をさげすんでいる。

そして、山人たちは、神通力を大切にして、人間界を助けることを仕事としている。
とにかく、日本古来の神々を大切にするあまり、他のことについては排斥する意識が強すぎるように感じた。
日本刀を腰に帯びたりして、好戦的なところもちょっと引っかかる。
ここまで、好戦的で排斥的なのもどうなのだろうか。

この寅吉事件から平田篤胤の神道哲学の強化につながり、ひいては仏教排斥運動、明治維新の思想的背景、日清、日露とつながる極端な国粋主義へと流れたと考えられないだろうか。

これは日本人的特性なのかもしれないが、このような神秘的能力が宗教と結びつき、ひいては国家を動かす力となりうる。
日本では、魔術のことを「神通力」と呼ばれ、偉いものとして扱われるゆえんである。

ぼくは思う。神通力は神に通じる能力ではない。人間が生来持つ、失われた能力であり、いわば原始的、野性的能力であると。
そして、その能力(超能力)のすぐれた人間イコール人格的にすぐれた人間ではない。試験で高得点を取り、IQなどというテストの点数の高い人間が、人格者と限らないのと同じ理屈である。

そのような自称「エリート」が政治行政をおこなうから、おかしくなる。

いまは隠れているが、本来、日本人は非常に好戦的な、戦争が大好きな国民である。
神通力を崇めるあまり、日本は神の国、日本人はすぐれていて、特別である、他国は劣っていて下等である、などという思想に発展しなければよいが。

本当の信仰心を持つ者は、仙境に遊んだ寅吉の言説によって、その信念がゆらぐことはない。

平和で、寛容。おたがいにやさしく助け合い。みんなが仲良く、けんかしない。

そういう人間が理想である。
日本人だけが、日本国だけが、特別なわけがないではないか。