人の運命を変えるモノ
中学一年のころだったか、仲良し3人組でよく遊んでいた。
あるとき、その3人とともに5,6人の友人と近所の川べりを歩いていた。
みんな、ふつうの、不良でもなく、優等でもなく、陰気でもない、オモシロイ連中だった。
その当時、ブルース・リーの「燃えよドラゴン」というカンフー映画が大ブームで、よく高校生なんかが、その映画で使われていたヌンチャクという道具でケンカをしていて、新聞にそんな事件が載っていたものだった。
ぼくらが歩いていると、どうやら、そういった高校生どうしのケンカがあったようで、警察に補導されて、ヌンチャクだけが草むらに残されていた。
こういうことは、よくあった。
「あー!」
と友人のひとりが喜んで、そのヌンチャクを拾い上げた。
仮に彼の名前をTくんとする。ぼくの記憶では、当時、いまいち目立たないヤツだった。
Tくんは喜び勇んで、ヌンチャクを振り回しはじめた。
こちらへ向けて振り回すので、「あぶない!」といって、みな逃げた。
特によくいじめられていたAくんなどは標的にされて逃げ回っていた。
そのヌンチャクを、何をどう思ったか、本気で当てにくるのだ。
ぼくはちょっとおそろしくなってきた。
「高校生がケンカで置いていったモンやから元に戻せ」とみんなで言うのだが、得意満面で聞く耳を持たず、それを振り回して走り回っていた。
文字どおり、まるで人が変わったようだった。
ぼくらは彼を避けるようにして帰ったのだが、Tくんはヌンチャクを大事そうに持って帰ってしまった。
よくおぼえているのだが、そのヌンチャクは、木を削って小さなくさりでつなぎ、黒く塗っただけの手製のものだった。
Tくんは、それからしばらくそのヌンチャクを持ち歩いて、みんなを困らせた。
ぼくらは彼が嫌いになった。
それから、彼はまるで性格が変わったようで、なんだか顔つきも変化して、他人を見るときの目つきが変わってしまった。
疎遠になって、彼のことは忘れてしまった。
ぼくが高校に入学して、まもないころだった。突然、学校に大型バイクの大爆音が響き、だれかがバイクで校内に乗り込んできた。
当時の校内の池のそばに、派手な大型バイクにまたがったTくんの姿が見えて、肝をつぶした。
―――目の錯覚か? 似ているヤツか?
いや、まちがいなく、あのTくんだった。そして校内の男子生徒たちがうわさしている言葉が聞こえてきた。
「おおぉ、あいつTやんけ」
Tくんは、かなりワル仲間のあいだでは知られる存在になっていたのだ。当時は暴走族ブームがはじまるちょっと前である。
もちろん、Tくんは先生たちによって職員室へ連れられていかれ、追い返された。
いま思うと、Tくんはバイクを自慢するために来たのだろう。
その後、彼がどうなったかは知らない。
あのとき、彼がヌンチャクを拾ったその日から、彼は人間が変わってしまった。
もともと、そういう人間だったのか、ヌンチャクが変えてしまったのかは、わからない。
しかし、もし、あのとき、ヌンチャクがなかったならば、彼の人生は違うものになっていたであろうと思う。
ヌンチャクという武器は当時(たぶんいまも)そこらで売っているものではないし、いわば貴重な、入手するのの珍しいものであったろう。
それは、Tくんの内部に眠っていた何かを目覚めさせたのかもしれないし、彼の性格を変えてしまったのかもしれない。
よくよく考えてみると、なんと、おそろしいことだろうか。
―――ある日、ある時、何かが人と出会うとき。そのタイミングが良すぎるとき、その何かはその人に決定的な重大な影響を及ぼすことがある。
いつ、どこで、何に出会うか―――
よくよく、気をつけるべきなのである。