不思議体験 白い着物の女

小学校の4年生のころ、近くの墓場を通って学校へ通っていたのだが、そこで奇妙な体験をした。

べとべとさんに出会ったことも奇妙だったが、もっと妙なことがあった。

ある日、土曜日の昼、だったと記憶している。当時は小学校は土曜日でも午前中は授業があった。

どうして土曜日だったと思うかというと、天気が良くて、お日さまが高かったからである。
いつものように墓場を通って帰っているときである。その日は、テレビで吉本新喜劇を見てから遊びに行こうと思っていた。

墓地の通路の西側、一段高くなっている、いちばん手前の2つ並んだ新しい墓のところに、白い着物を着た女の人が、右のほうの墓の前に立っていた。どの方向を向いていたかは覚えていないが、こちらをまともに向いていなかったことだけ覚えている。

手にかなり豪華な花束を持っていた。
ぼくは立ち止まって、まじまじとその女性を見た。

いくら昭和40年代とはいえ、白い着物を着ている人など、めったにいない。
その人は若くて、おそらく20代で黒い長い髪をしていて、肌は白く、どちらかといえば、かなり美しい顔だちをしているのがわかった。
ぼくはその珍しい姿に、ちょっととまどって、しばらく眺めていた。

まったく、こわくなかった。

だって、どうみても、生きているふつうの人間だったからである。絶対に幽霊などではなかった。着ている着物の質感までわかるほどなのだから。
幽霊ならおでこの三角の布でも巻いていてくれないとわからない。ところが、そんなもの巻かれてなかった。

その女性はまったく動かなかったので、ぼくはしばらく見ていて、飽きたので、そのまま気にせずに帰ってしまった。

翌日(次に通った時)、その墓を見ると、墓の両側にその花束が生けてあった。
たぶん、墓参りにでも来ていたな、と思った。


そして、丸1年がたって、またその墓場でその女の人を見た。
まだ明るい夕方が、土曜日の昼だったのだろう、明るかったから。
そして、またいい天気だった。

その人は、今度は白いワンピースのような服で、今度も立派な花束を持っていた。しかし、こんどははっきりと、まるっきり通路のほう、こちら側、東側を向いていて、というか東の空、比叡山のほうを向いて立っていた。

ぼくは、ああ、あの人だ、と、思い出して、立ち止まって、眺めていた。
しかし、その女性はぼくにはまったく気づかないようで、虚空を眺めているように思えた。

そのときも、まったくこわくなかった。
なぜなら、ふつうの人間だったから。

しばらくぼーっと見ていたが、あまり変化がないので、また前を向いて歩いて帰った。
次の日には(次に通った時には)やはり、花束がそなえてあった。

―――いったい、なんなんだ?

それから何十年もたって、テレビである番組を見た。
「もしもオバケが見えたなら」
という番組で、芸人のネプチューンが出演していて、原田泰造が演ずる会社員がある日からオバケが見えるようになったら、という設定のドタバタ劇である。

それを見ていて、オヤ? と思った。

なぜかというと、その話に出てくる幽霊は、みな、現実の人間とまったく見分けがつかない、生きた人間そのもの、という感じで出てくるからである。
そして、解説では、「オバケ(幽霊)は、生きている人間と区別がつかない」ということであった。

そのとき、ぼくは思い出した。

―――とすると、むかし見た、あの若い女は・・・・?

いまでも、あれが生きている人間だったのか、幽霊だったのか、わからない。でも、あの白い着物姿が納得いかないのである。
今思えば、あまりにも、オーソドックスである。

もしかしたら、世の中の人は全員、幽霊を、それと知らずに目撃しているのかもしれない。
ただ、普通の人間だと思っているだけで…

それで、思い出して、久方ぶりに、その場所に行ってみたのだが、きれいに整備されていて、その墓はわからなくなっていた。


十数年前だったと思うのだが、仕事帰りに車の中から、鉄道の高架下にナチスドイツ軍の将校が歩いていた。
まったくもって、「エエッー!」という感じである。

何かテレビか映画の撮影かと思って、周囲を確認したが、そんな様子は見た限りどこにもない。
そのときは、人通りは少なかったが、それにしても人は歩いていたのに、みんな無関心だった。

あれは外人のコスプレだったのか、それとも・・・
もし、オバケだとしても、どうして日本、しかも京都に???

人間と幽霊の区別がつかないとなると、逆に幽霊を見つけることはむずかしい。だって、そうでしょう。

ぼくの奥さんが大きな病院で、はるかむかしの格好をした看護婦を見たという。これもまた、テレビか映画の撮影だと思ったという。

区別がつかないというのも、ちょっと困ったことである。