不思議体験 べとべとさん

確か小学校4年か5年のころだった。

1年生から3年生ごろまでは、家の近所のお寺の境内を通って、学校へ通っていた。
だいたい、姉と一緒に、である。
それがいちばんの近道で、寺を通らないとえらく遠回りになってしまう。

その寺は、おばあさん(尼さん)がいて、とてもやさしい人だった。境内の松の木にのぼったり、塀によじのぼらない限りは叱られることはなかった。
境内の通路には墓がいくつかと、井戸があって、その井戸からはお化けが出ると姉に言われていたので、とても恐れていた。

しかし、数年後に、そのことを姉に言うと、
「なんや、アンタ、まだそんなこと信じてたんか。ふん」
と言われた。

その寺は、4年生のころに突然、通用門が閉じられて、通れなくなった。
尼さんが亡くなられて、住職が替わってしまった。その新住職は町内ではあまり評判がよろしくなかったらしく、寺の土地を勝手に売ったりしていたらしい。

京都では、多くのお寺はいまでも広大な土地を持っていて、だいたい、借地契約期間が百年だという。
そもそも、期間がわからないところも多くて、祇園の繁華街など、ほとんどすべて建仁寺の土地であって、借地権が売買されているだけだと聞いたことがある。
ほかにも意外な場所が寺社の所有地のままであるが、それは、ここではもう触れない。

とにかく、通学で通れなくなり、その寺で開かれていた地蔵盆もできなくなってしまった。

うちの家は、学校へ通う道すじが他に2つあるのだが、どちらも同じくらいの遠い距離。
しかし、一か所だけ、墓地を通るとかなり近くなる。当然、そこを通ることになるのだが、姉はもはや小学校を卒業してしまったので、ぼくはひとりで通らなくてはならない。

・・・ぼくはこわがりなのだ。テレビで怖い映画など見たひには、とても墓地を通る気にならない。

夕方、暗くなって帰るとき、ときどき、ぼくが歩くすぐうしろに、足音がついてくることがあった。
たまに、土曜の昼頃にもそういうことがあった。当時は小学校は土曜日の午前中は授業があった。
こわくなって走ると、その足音も追ってくる。

そんなことがあったが、だいたい、ぼくは朝はギリギリまで寝ているので、走って墓地を通るし、帰りもはやく帰ってテレビを見たいので近道をしていた。こわいのをがまんして。

ある時、いつものように夕方暗くなってから墓場を通って帰っていると、例によって足音がうしろでする。
振り返るとだれもいない。

――まただ。

と、思ったが、風が吹いて竹の枯葉がカサカサ鳴った。
「これだったのか!」
と、足音の原因を発見したぼくは、急に元気になって、それ以降はついてくる足音を恐れなくなった。

ある日、また墓地を歩いて帰っているとき、またうしろで足音だけがついてきた。
しかし、もう正体を知っているぼくは何も恐れずに後ろを振り返った。

当然、だれもいない。

いつものことだと思っていたのだが、地面をよく見ると、その日は誰かがそうじでもしたのか、葉っぱ一枚も落ちていない。
びっくりして、ぼくはまた前を向いて歩きだした。
しかし、やはり、ザッザッという足音が後ろからついてくるのだった。ぼくはこれは自分の足音にちがいないと思って、よく耳をこらして聴いてみた。やはり、自分とは違う足音がする。

つまり、見えない誰かが付いてきている。

ぼくは走って逃げた。
なぜかそのときは足音は追いかけてこなかった。

それから半月ぐらいはぼくは遠回りをして帰った。
友人だったか姉だったかに、「なんで遠回りしてんにゃ?」と聞かれ、「犬と遊んでる」みたいなゴマカシを言った覚えがある。
しかし、またその墓場で近道をしていた。遠回りが面倒なのだ。

これは「べとべとさん」という妖怪であることを、のちに水木しげる氏の「妖怪大百科」みたいな本で知った。


ところで、今現在、ぼくはある推論を持っていて、この現象を説明してみようと思う。
大人になってからだが、寝転がってウトウトしているとき、ぼくのすぐ後ろ、後頭部から、なにやらハァハァという呼吸音が聞こえてきてびっくりしたことがある。

よくよく聞いてみると、確かに音はしているが、なにか、妙な感じがする。

しばらくして、気づいた。これは、自分の呼吸の音が、うしろから聞こえているのだ。なぜわかったかというと、自分の口の動きと連動していたからである。

「幽体離脱」という現象があって、自分の霊体が抜け出る現象のことをいうことは広く知られているが、もしかして、これも、それじゃないだろうか。
つまり、すこし、自分の霊体が前方に抜けて出ていて、霊体の耳で、肉体の呼吸を聞いていたのではあるまいか。

ぼくは何回か死にかけたことがあるのだが、あるとき、死ぬ寸前のとき、肉体機能のすべてが麻痺して、すべての感覚がなくなったことがあった。

それでも、聴覚だけはハッキリとしていた。いつもよりよく聞こえるほどに。
思うに、耳だけは霊体になった時点でも霊体としてよく機能するのではないだろうか。

ということは、自分の霊体だけが先に前を歩いていると、肉体の足音はうしろに聞こえる、という理屈である。


とにかくも、べとべとさんには、もう会いたくないし、あの墓場を通らなくなってからは会わなくなった。