地上最悪の人間とは

この地上において、もっとも悪い人間、とはどういうものなのか、考えてみたい。

悪い人間、すなわち悪人というのは、当然、悪いことをする人間である。
では、悪とは何か。
悪い行為、殺人、強盗、姦通、詐欺などは代表的な悪行である。今の時代にはちょっとそぐわないが、かつて、中世ヨーロッパでは、瀆神(とくしん)がもっとも悪いことだった。

いまでも、おそらくイスラム社会ではそうだろう。

瀆神と篤信は同じ読みでも意味は真逆なので注意。瀆神は神を冒瀆すること。神を汚す行為をいう。

代表的な悪人とは、おおくの人をだまし、高価なものを盗み、そのために、ちゅうちょなく人を殺す人だろう。
みずからの欲望のためには手段を選ばない。

こういった人は、最後は捕まって司直の手によって裁かれ、極刑をくらう。
それが最後の結果となる。ふつうなら。
では、こういう人がもっとも悪い人間かというと、そうではない。確か、ソクラテスの問答でもそんな場面があった。

徹底的に逃げ回り、なかなか捕まらない、最後までじょうずに逃げ切る人間がもっと悪い。
いやいや、もっと悪い人間がいるはずだ。
それは皆さん、よくご存じのはず。
実に巧妙に人をだまし、ついには捕まらない人間より、もっと悪い人間は、悪事をはたらきながら、誰にも気づかれずに、いけしゃあしゃあと普通に生活している人だろう。

でも、もっと悪いのもいる。

自分の勝手な欲望のため、大量殺人、財産の没収、気に入った異性を大勢に集め、ハーレムを作り、強姦、詐欺を行いながら、それを巧妙に隠している。

さらに、大衆には善良な高潔な人間と思われるように偽装し、一般によい人、英雄と呼ばれ、崇拝されている人間。

これは究極の悪人であろうと思われる。
どうだろう。近年の歴史上人物でもこういう人がいないだろうか。

中世以前の社会を思い浮かべてみる。あくまでもイメージであるが。

ある国の王。彼は――――

彼は、全国民をだまし、国王を殺し、違法にもその王座につく。
彼自身はまったく神など信じていないのに、人々の前では神を敬い、人々に善政を敷いているように見せかけているが、実は人民を限りなくしいたげている。

そして、自分の犯罪はすべて政敵のしわざにして、罪をなすりつけ、殺す。
他人の財産をことごとく不正に手に入れ、まったく人に知られることなく、私腹を肥やし、自分に反対するものはすべてこっそりと、もしくは合法的に処刑する。

国中の富をすべて手に入れ、権力をすべて手にして、王として、独裁者として君臨する。

さらに、すべての人に尊敬され、愛され、敬愛され、英雄として名を残し、不正と残虐の限りを尽くし、すばらしい長寿をまっとうする。
そして、死してもそののちもその名声を永遠に残す。

これが、もっとも悪い人間ではないだろうか。

この日本にも、そんな人がいそうである。